神田 笹鮨

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   四、 間

 鮨ダネの選び方はこんな風に事前に勉強しておくことも出来ますし、そのうちに何とかなって行くものです
が、それより難しいのが親方や職人さんに「○○握って」と声をかけるタイミング、間ですナ。歌舞伎の掛け声
と同じくこのタイミングの良し悪しで、すし屋の居心地がまるで違ってくる。
店の中にお客が自分一人なんてことはまずありませんから、いきおい他のお客と親方のやり取りを掻いくぐっ
て声を掛けることになりますが、えてしてそんな時に少しお酒の入った馴染みのお客が親方と話し中で、割り
込んじゃいけないと遠慮していると、横からスッと別のお客が先に注文してしまう。まことにストレスの溜まる
もンでございます。
 またお客は疎らでも、声を掛けようとした時に職人さんが魚を冷蔵庫から出していたり、布巾を濯いだりして
受ける態勢になっていないなんてこともございます。
客の方からすれば、他のお客の相手もしながら万遍なく気を配って、こちらが食べ終わるころ「次は?」、と目
で聞いてくれる職人さんがベストですが、この辺は後でお話する勘定とも関係して、なかなか理想どおりには
行きません。こればかりは本で勉強と云うわけには行かず、実戦でコツを掴むしかありません。

   
    五、 江戸前とは云うものの

 店の雰囲気、居心地と云ったテーマはひとまずこの辺としまして、いよいよ自分に合う店を探しに行く段階
へとやって参りました。
 自分の舌と懐具合に合ったすし屋に巡り会うのは、いいカミさんに出会うのと同じく、人生の大問題の一つ
ですナ。
 手っ取り早いのは、友人・知人に行き付けの店へ案内して貰うことでしょうが、他人には旨くとも、自分の口
には合わない、そんなことは鮨に限らずよくあること。店との相性だって人によって随分違います。
ここはやはり人に頼らず、自分の足と舌で自分に合う店を探す、これが鮨の王道ですナ。
 そこで次は出掛ける先の鮨の世界が今どうなっているかですが、これは良く言えば百花繚乱、悪く言えば
カオス状態と言ってもいいくらい、さまざまな業態に分かれております。

 「江戸前の鮨と云うものは生モノをそのまま握るんじゃない。それに〆めたり煮たりの手を加えて握るのが
本当の鮨なんだ」と云う伝統派健在の一方で、「保存技術や流通の仕組みが格段に進歩した今日、素材に
余計な手を掛けず魚の旨みをそのまま生かすのが現代の鮨じゃないか」とする近代派が徐々に力を伸ばし
ております。
 伝統派は「すし屋は元々屋台店から始まったもので料理屋とは違う。旨いものを気軽に食べてもらうのが本
筋で、店の造作や器に凝ったり酒のつまみに手を拡げたりするのはワキ道だ。酒はそば屋に任せてウチじゃ
握りの鮨を食って貰いてえんだ」と云う気分が強いのに対して、近代派は「料理も芸術である。鮨の味は勿
論のこと、客が楽しく快適に過ごせるよう内装・照明・器を考え、また料理に酒はつき物である以上その店の
鮨に合う酒も吟味して置いてこそ、一流のすし屋といえるんだ」と魯山人の流れを汲んで反論しております。
伝統派といい近代派といい何れもまっとうなすし屋ですが、そのほかにタネの新鮮さや安さばかりを売り物に
する、 すし屋もどきもゴマンとあって、これも皆すし屋の看板を掲げている。
 そんな中から自分の店を、どうやって探すんだ、やっぱり回転寿司で我慢しちゃおうか、と早くも諦めかけて
いるあなた読者。弱気になっちゃあいけません。旨くて安くて粋な店、だんだんご披露いたしましょう。

  
    六、 「旨くて安い」はどんな店?

 味が良くてサービスが行き届いて勘定が安い。これが理想のすし屋ですが、この三科目すべてには満点
取れないのが憂き世の定め。 味が良くサービスも良ければ当然勘定は高くなり、味が良くて勘定がお得な
らサービスの肌目が少々粗いのはやむを得ない。
 しかしこの前提を跳び越えて、なんとか総合点を高くしたいのがわれら庶民の願い。この観点から店選びを
考えて見たいと思います。

 旨くて安い店を考えるためには、旨くて高い店のことを考えて見るのが早道ですナ。
超高級店などと言われているお店はまず例外無く銀座などの一等地のビルにお店を構えております。
店内に一歩入りますとよく磨かれた白木のカウンターが一直線にスッと伸び、その手前には白いカバーの掛
った坐り心地の良さそうな椅子が程よい間隔でキチンと並べられております。壁際には伊賀か信楽の花生け
に季節の花が活けてある。よく見ますとこの花生けが人間国宝の陶芸家の作品で、その先生がまた店の
御贔屓だったりして…。
 これらの全体をほどよく抑えた柔らかい照明が包み込み、チリ一つ落ちていない店内には静けさが漂って
おります。 ツケ場には親方のほか年期の入った職人が並んで立ち、奥の仕込み場には下拵えの若手職人
そのほか小僧さんも何人かいて、何れも持ち場持ち場に油断無くお客様を最高のもてなし心でお迎えする。
当然出てくるお鮨がまた素晴らしいですナ。まぐろは青森大間の本マグロ、赤貝は仙台閑上の産、穴子は
江戸前羽田沖と、タネの一つ一つに戸籍謄本が付いております。
 お客さんがそれほど多くありませんから、客がいちいち注文しなくとも程よいタイミングで美しく握られた鮨
が煮切りを光らせて目の前の皿に置かれます。このお皿も窯場に特別注文で焼かせたもの。
磨き抜かれた技とはこのことか、ヒョイ、パク、ヒョイ、パクと十カンの鮨を食べるのにお喋りを含めてもさほど
の時間は掛らない。 で、「お勘定!」。「へい、ン万円でございます」。
わたくし筆者はまだそんな結構なお鮨を頂いたことはありませんが、これア高くなるわけですヨ。
まずはじめが一等地のビルの家賃・敷金でしょ。続いて内装・照明・家具・調度、花器だ食器だのたぐい。そ
れから職人さん小僧さんの人件費に、極め付けは由緒正しい極上のタネ。こう云った物がみんな合わさると
一人前ン万円と云うとんでもないお鮨が出来上がるわけで、旨い安いを目指すわれら庶民は間違ってもこの
手の店には近寄らないことです。

 こう見て来ますと旨くて安い店は、この逆をやれば良いんですナ。
まず立地条件は下町に取ります。日本橋、神田、浅草あたりの自前の土地ないしは昔っからの借地の上に
年代モノの木造家屋、減価償却も銀行の返済もとっくに終わって、後は重要文化財の指定を待つばかりと云
う風情の軒先に風雪に耐えた暖簾が揺れております。
 店内のスタッフは親方に下拵えのベテラン職人、あとは若手職人が一人くらいの至ってシンプルな組み合
わせ。握り手が親方一人なので、お客は職人の力量のばらつきに悩まされる心配がありません。
店は小店で、カウンター、テーブル、小上がり、全部合わせても十四,五人で満員御礼。親方に気負いはあ
りませんが永年守ってきた店のポリシーには自信を覗かせ、「ウチは店を食わせるんじゃない、鮨を食わせる
んだ」と信念キッパリ。包丁俎板わさび海苔、そう云った鮨の味に直接影響するものには手を抜かない代りに
花器だ、照明だなんて事にはほとんど無関心、と云うより忙しくてとてもそこまで手が廻らない。
 魚を仕入れるにしても産地ばかりに拘らず、客層に合わせて各地の漁場で獲れたものを上手に仕入れ、
それを丁寧な仕事で美味しい鮨ダネに仕立て上げる。光り物、煮物といった昔ながらのタネが多いことも、
このタイプの魅力。築地から上物を割安に仕入れるためには、一定量以上をコンスタントに捌かなくてはなり
ませんが、そのためには出前もやればお土産の折詰も作る。
 余談ですが近ごろは折詰を作らないことを自慢するすし屋が増えているようですが、これはとんでもない料
簡違い。遅くまで飲んで帰るご家庭への罪滅ぼしという意味合いだけでなく、この折詰の鮨は店まで出掛け
られないご家族にとって、本物のお鮨を知る絶好のチャンス。将来の鮨愛好家を育てるために、鮨組合はも
っとこれを奨励しなくちゃいけませんナ。
 こんな具合に出前はするわ折詰は作るわで、営業時間は長く自分の時間は少なく、家族にも相当の負担
があるはずですが、そんな苦労も厭わずに昔ながらの仕事をまっとうに続けているお店。ここに腰を据えるの
が"旨い安い"の王道と言って良いでしょう。
 この手の店の泣き所は、前にも出ましたがサービスの肌目の粗いこと。何しろ混んでること請け合いで、
しかも親方一人で握っていますから、今言った出前や折詰の注文が入ったりすると、こちらの順番がなかな
か廻って来ない。ですからこの手の店は一にも二にも混んでる時間を避けることが肝要で、それさえ心得れ
ば三大テノール顔負けの、旨い安いサービス良いの三大満足も決して夢ではありません。
土曜日午前の開店早々や、平日の夜なら宵の第一陣が引き上げた後とか、一寸した工夫で本物のお鮨が
ゆっくり楽しめる訳で、逆に言えば不精していたんじゃ金輪際いい鮨にはありつけませんヨ。

   七、 味のカンどころ

 いやー、どんなタイプの店を目指すかも決まって、ようやく鮨の味を論ずる所までやって参りました。いろい ろ勉強したり探し歩いたりした末に頂くお鮨ですからナ、その味でこれ迄の苦労が報われると云うことに願いたいもので…。
 今ここに、まあ穴子のお鮨が一つあると致しましてその味の成り立ちを問えば、これは大変に複雑なものの集合体でございます。
まずは穴子の素材としての良し悪しですナ。羽田沖のものが最高なんてことを伺いますが次はこの素材に施す仕事の上手下手。割いて煮て冷まして、握る前にちょっと焙ると云った、いわば素材をタネに仕立てる工程で、その中には勿論穴子に塗る(煮)ツメの味も忘れちゃいけません。
それからタネと並んで、あるいはそれ以上に大切なのが酢めしの具合だそうで、暖かからず冷たからず柔らかすぎず固すぎず、ほどよい塩と酢の按配が鮨の味を半分以上決めてしまうなんてことを伺います。そして極め付けがこの酢めしとタネを握り合わせて"お鮨"にする職人の腕。美しい姿でツケ台に置かれた鮨をそっとつまんで口に運べば、それまでシッカリ握り合わされていたお鮨がハラッと崩れて、タネと酢めしが渾然一体、美味しさが口の中いっぱいに広がる、なんてグルメの本に書いてありますが、まあ穴子のお鮨一つ取って見てもその味の成り立ちはかくも玄妙と云うわけで…。
 何十種類とある鮨ダネをこんな具合に一つずつお話するなんてとても素人の手に負えることではなく、巻末の参考文献に譲って、ここではわたくし筆者の考える味のカンどころ、江戸前鮨のポイントと云ったことについて、触れて見たいと思います。


 

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