すし飯(酢味がするごはん)を業界的には“シャリ”と言います。
鮨ネタも大事ですが、シャリが無ければ鮨屋は始まりません、
そしてシャリが美味しくなければ本末転倒でしょう。
今回、弊店におけるシャリ米について軌跡を追ってみました。
創業時のことは流石に知りえないので少なくとも先々代(三代皛次)の頃からを調べてみました。
現代でこそブランド米が主流で皆さんそれぞれお好みのお米を買う事でしょう。
しかしながら、少し前 1995年(平成7年)まで存在した「食糧管理法」という1942年(昭和17年)に施行された法律により、政府からそれぞれの地域に割り当てられたお米をお米屋さんが買い取って(値段も国が定めていた)一般に販売していたわけですね。
店主である私が幼少の頃「東京都標準米」というのが自宅に配達されていた記憶があります。
この「食糧管理法」が平成の世まで続いていたからと言って、「標準米」がその時まであったかというとそうでもなさそうです。
1969年(昭和44年)になると「自主流通米」というものが登場します。
今のブランド米の走りですね。
その頃から徐々に標準米からブランド米に代わっていった様です。
弊店でシャリにつかうお米はどうだったのでしょう。
先々代の頃は「食糧管理法」が強く効いていた時代ですので、当然「標準米」を使用していたと取引のあったお米屋の二代目が語ってくれました。
「その当時はどこの飲食店も標準米を使っていたはず、よっぽど実家が農家だとか米作農家と強い繋がりがあるとかでないとオリジナル米は手に入らなかった」とのこと。
今のブランド米と比べると当時の標準米は味がよろしくなかったと思われますが、それでもそれしか手に入らないのであれば粛々と標準米でシャリを作っていたわけですね。
弊店がいつからブランド米に移行したかは定かでありませんが、私が高校生時分(平成初期)には「こしひかり」を使用していたと記憶しております。
「こしひかり」といっても収穫場所によって味に差があるのが実情で、弊店は最初こそ魚沼産を使用していましたが魚沼産の定義が広くなり味が不安定になったため佐渡島産に替えました。
よく寿司米には「ささにしき」が合うと言われてきましたが果たしてそうでしょうか?
数年前の店舗改修工事による長期休業中に取引先のお米屋さん三代目に頼んで様々なブランド米を試食しました。
何も味を付けていないのに只炊いただけなのに物凄く甘いお米やとても硬いお米、またやたらと粘りがあるお米など実に多種多様な味と食感を体験できました。
お米造りも色々と才を凝らして工夫して努力して・・・オリジナルな味を創作しているのかと感心しきりでした。
通常家庭で食べるお米なら甘くて粘りがあっても一向に構わないと思いますが、鮨屋におけるシャリにはそれはいけません。
先ず甘みが強いのは言語道断です。
そして粘りがあるのは握り辛いのでこちらも却下です。
そこで味も食感も非常にさっぱりしていて良さげだった「ささにしき」を一度使ってみた事があります。
実際に営業でつかいました。
その結果ですが味に関してはお米としての味の主張が少ないので酢に合わせるととても相性が良かったです、しかしながら非常にさらさら・・・というかパラパラと粘りが少なすぎて大変握るのに苦労しました。
故に「ささにしき」は弊店のシャリ候補から外れました。
「こしひかり」の時代が長かったわけですが、令和元年に5代目として店を受け継いだ時、シャリの味に対して一抹の疑問を感じたのです。
このままで良いのか・・・?
世の中は令和になり、様々なブランド米が流通する中今まで通りで良いのか?
これはなにも先代よりも抜きん出ようとか違ったことをやろうと言うのではありません。
単純に今使っている「こしひかり」よりも美味しいお米、すし飯に合うお米があるのではないか?
という自然発生的疑問を持ったので改めて自分の店に合う、自分が納得できるお米を探すことになったのです。
その結果前述のとおり様々なお米を試食して(ちゃんと酢と合わせてシャリにしたものを試食しました)現在のシャリ米に落ち着いたのです。
今使っているお米は「秋田県産 あきたこまち」です。
お米の品種は変われど合わせる酢の調合などは一切替えません、そこまで変えてしまうと伝統が伝統でなくなり、弊店の暖簾を汚すことになります。
先代、先々代が守ってきた笹鮨の味を守るためにも細心の注意が必要なのです。
ちなみに「あきたこまち」に替えた後の評判は上々です。