〆物について(春のネタ)
目次
春の〆物
春の期間はいつからいつまでか?
というのはかなり曖昧で、暦で言えば2月4日の立春を迎えればそれ以降は春・・・ということになりますね。
しかし寿司屋、少なくとも当店では、2月はまだまだ冬のネタが大活躍していますので、春とは言い難いわけでして。
過去の「今日の〆物」という当店の新着情報を顧みるに3月から春のネタが活躍してますね。
3月頃(場合によっては2月中旬位から)から「春の魚」を使い始めて、5月下旬頃に「名残」となって「旬」を終えます。
3月頃から使い始める当店での「春の魚」を〆たネタをご紹介します。
さごち
「さごち」というのは関東訛りで本来は「さごし」と発音すべきでしょう。
漢字で書けば「狭腰」です。
春を代表する魚「さわら(鰆)」の2kg未満の魚体を指します。
当店では1kg前後の大きさの「さごち」を狙って買い付けします。
1.5kgを超えてしまうと〆るのが大変難しくなります。美味しいのですが・・・。
またあまり小さいと味が物足りなくて美味しくないので、900g以上のものを買うように気をつけています。
出場(魚が水揚げされる〔獲れる〕場所を”デバ”といいます)は日本全国どこでもありますが、
江戸前なので千葉や神奈川で上がった魚が良いと思っております。
因みに鰆は関西系の魚(主に瀬戸内海)なので関東人には馴染みが薄いです。
当店では「さば」が卵を持ち始めた頃から「さごち」を物色し始めます。
どの魚でもそうですが、卵(特にメス)を持ち始め、徐々に卵が育ってくると親の体が痩せてきます。
卵に栄養を取られてしまうからですね。
そうなるともう〆ようが焼こうが煮ようが美味しくありません。
なので冬の間「さば」を仕込んでいて「あ、卵持ち始めたな・・・」と思ったときから「さごち」を〆ることに気持ちが移ります。
〆方は「さば」と全く同じです。
塩を当てる時間も酢に漬ける時間も大体同じです。
それなのに出来上がると「さば」とは違った味になるのでとても面白いです。
そしてこの「さごち」もいつまでも小さいままではありませんので、育ってしまって「さわら」になってしまう頃に扱いを終えます。
大体4月まででしょうか。いつまでもいつまでも「さば」を使うよりは季節に従い、その時期に美味しい魚を〆て提供するのが寿司屋としての努めだと思います。
本鱒/ほんます
当店の長い歴史の中で「ほんます」を使い始めたのは極最近のことです。
元々〆物が得意な店ではありましたが、四代隆二の時代になってから〆物に特化していく様子が見て取れます。
実は「さごち」も四代隆二が〆始めたものです。
「ほんます」も富山県の有名な「鱒寿司」に影響を受け、試しに〆てみたら上手くいったという経緯があります。
本当は四代隆二が富山の「鱒寿司」が好きでデパートの催事で駅弁大会があると必ず購入していましたが、いつも買うものはネタの鱒も薄ければ舎利も薄い(少ない?)ものでした。
更に言えば値段も駅弁としてはやや高値だったのです。そこで四代隆二は「あれ?同じ酢で〆た魚なんだから自分で作れるのでは??」と思ったんですね。
そして試作したみたらこれが美味かった!!! それ以降店の定番ネタとして定着しました。
尚作り方はこれまた「さば」や「さごち」と同様で三枚に下ろして骨抜きをしてから塩を当てて・・・なんですが、「ほんます」の場合中々塩が入っていかないので「さば」や「さごち」よりも長い時間塩を当ててます。
春子/かすご
「かすご」とは鯛の稚魚です。
約60g~80gの大きさです。それ以上大きいと〆ても美味しくありません。ただの「酸っぱい魚」にしかなりません。
また余り小さいと寿司の形になりません。
ここで大事なのは魚河岸で流通している「かすご」には二種類あるということです。
ひとつは「血鯛/ちだい」の「かすご」。
こちらの方が多く流通していて人気もあります。何故なら見た目が鮮やかなピンク色で綺麗だからですね。
もう一つは「真鯛/まだい」の「かすご」です。
こちらは余り人気がありません、それは見た目が黒ずんでいて綺麗に見えないからなんです。
卸売りの値段的にはほぼ同じなのでそういった意味での遜色はありませんが、味は断然「真鯛のかすご」の方が良いです。
「血鯛のかすご」は見た目は綺麗でしょうが、身が柔らかくて味が薄いのが特徴です。
一方「真鯛のかすご」は色味は悪いかもしれませんが、身はしっかりしていて何よりも皮に味があるのです。
さすが「真鯛」です。小さくても真鯛は真鯛なのです。当店ではその「真鯛のかすご」を〆ております。
寿司職人として「かすご」が仕込めるようになったら一人前といわれています。
(実際現代の寿司屋で「かすご」を自分のところで一から仕込んでいる店がどれだけあるか分かりませんが)それほど仕込み・・・即ち「かすご」を処理するのは複雑で難しいのです。
手間の掛かり方が他の魚の3~4倍かかります。
塩の当て方も「さば」などと違って繊細ですし、酢に漬けるときもちょっと違う手法で漬けます。
他にも色々と小難しい約束事があるのですが、それは文章で説明するのは難しいのでそのうち動画でご紹介いたします。
因みに出場は九州や淡路島、常磐などですが、魚河岸では淡路島の「かすご」が多く流通しています。当店の好みは常磐物です。
さより
細魚と書いて「さより」です。
「さより」の出場は淡路島が上物として出回っています。
小さい魚ですが大変な高級魚として扱われています。
高級魚を〆てしまうのか?と言われてしまうかもしれませんが、〆ます。しかもしっかりと〆ます。
江戸時代から続いているれっきとした「〆魚」です。
大きい「さより」は「閂・かんぬき」と呼ばれていて白身魚として生で〆ないで扱うことがあります。
〆るのに使う「さより」は60gくらいです。
仕込にはそれほど手間はかかりませんが、何しろ細くてスマートな魚体なので如何に骨に身を付けないで下ろすか・・・そこに神経を集中します。
慣れてしまえば大したことはないのですが、初めのうちは骨に身が付きすぎて、四代隆二は三代一郎によく怒られました「お前は猫に贅沢させる気かっ!」と。
〆方は「かすご」と同様です。
繊細でとても気を使います。故に仕上がって握るときはとても気分が高揚します。
「さより」はとても色っぽいのです。食べてもその上品な味わいに感動します。
「細くて繊細な身の魚」である「さより」は酢で〆ます。
(身の薄い肴を昆布で〆たら昆布の味しかしません、昆布〆は料理屋の仕事ですね。)
えぼだい
本当は「いぼだい」と言うそうですが何故か昔から「えぼだい」と発音してます。
「えぼだい」は春と秋の年二回旬があると言われています。故に当店でも春と秋の二度登場します。
春と秋で味が違うのか?というとそんなことは無くどちらも美味しいです。
但し「えぼだい」と言っても鯛の仲間ではありません。「あやかり鯛」といって鯛の名前をつけて便乗している魚です。
学名が「バターフィッシュ」と言うくらいなので小ぶりな割には脂質がとてもあります。
「えぼだい」を下ろしていると包丁に脂がべっとりと付きます。
「えぼだい」は、骨がとても柔らかくて下ろすときに注意が必要です。
その点では「まながつお」に大変似ていると思います。
「まながつお」が上手に下ろせるようになると料理屋では向板として認められます。
〆方は「さば」などと同様です。身が厚くて脂を持っている魚として扱います。
「えぼだい」の出場は日本全国どこでもありますが、千葉の竹岡(富津市)や神奈川の松輪(三浦市)など江戸前物が良いと考えております。
現代は流通が良くなったので遠方の魚も鮮度が良く魚河岸へ届きますが、やはり江戸前、近場の魚の方が見ていて良いと思えば優先して仕入れます。
「えぼだい」は当店でもとても人気のあるネタでその味に魅了される方が続出です。
他の寿司屋では中々お目にかかれないネタだと思いますので是非お試しください。